カテゴリ:茶飯美劇場( 5 )

ヌリカベ侍

壁の仕上げは「漆喰(しっくい)」塗りです。石こうボードに直接塗ることができるやつ。

c0009461_2317636.jpg日曜の朝、作業着姿の男たち5、6人がガヤガヤと届いたばかりの1斗缶を囲んでいます。東京で左官屋をしていた東さんの指示にしたがって材料を練り、ペタペタと塗り始めました。鏝(こて)を時計の9時から12時に動くように塗っていきます。東さんはスイスイと塗っていくのですが、じつは簡単そうに見えてすっごくむつかしい。漆喰を落ちないように壁に塗り付けることがまず大変なんです。でもおもしろい、すっごくおもしろい。

c0009461_23264479.jpg鏝の跡を残さずに平らにするなんてまずできない。でもいいんです。この店の壁は「平らにしてはならぬ」が方針でしたから。子供の手形を押したり、色をつけて飯豊の山並みを書いたり、おがくずを混ぜて凹凸を付けたりとかね、おもしろいですよ。

左官仕事は子供の頃の泥んこ遊びの延長だとつくづく思いました。大工仕事もブロック遊びや工作の続きです。だから楽しくないわけがないですよ。
家を作る技術の大半は素人でもできるのです。あーおもしろかった。

つづきます。
[PR]
by oswtknr | 2005-02-02 23:58 | 茶飯美劇場

壁の巻

c0009461_20204197.jpgちょっと事情があって前の文章を編集しました。

壁は当初、柱と柱の間に石膏ボード(12ミリ)を張ることにしました。こうすると柱が外に見えます。真壁(しんかべ)といいます。土壁そのものも断熱性ありとして土壁のないところに断熱材を突っ込む。そして、仕上げは漆喰塗り、という段取りにしていました。
でも夜山形に帰ってから「真壁やめて大壁(おおかべ)になった」って電話がきました。コノヤローって思いましたけど、土壁部分にも断熱材はいったし、それで良かったと思っています。大壁は柱も壁で覆ってしまいます。一面真っ平らではデザイン上美しくないのであらためて柱の太さの幅の板を張り付けます。

写真は新野夫妻足場移動の図。断熱材と横向きの細い木はボード下地。ななめの材が「すじかい」。

そして壁塗りにつづく。
[PR]
by oswtknr | 2005-02-01 20:29 | 茶飯美劇場

きのこ研究会

c0009461_9574713.jpg店舗改修の電話をもらったときから、興味のあった「結(ゆい)」をやってみようと思っていました。
結とは田舎で茅葺きの補修をしたりするときなんかに近所の衆が人手を出し合う共同作業のことです。「北の国から」でもやってましたね。ああいうの。
それをやってみたくて小国町でもみんなを誘ってもらったし、山形でも会う人みんなに声かけてたっけ。

ボード張り、ペンキ塗り、漆喰塗りとかいろいろ。「そのときに出来ることをやってけろっちゃ。昼飯はおいしいカレー、夜は温泉と酒だよ。だからおいでよ」ってね。喫茶店ができたらカレーをメニユーにする予定だったから、日曜ごとにお昼はカレーの試食です。作業中はいろんな味のカレーを食べましたよ。
「きのこ研究会」なんてのもやってみました。道の駅や森林組合の店で5千円くらい買ってお寺の大鍋にキノコ汁作ってみんなで食ったね。あれはうまかった。

c0009461_954760.jpgいろんな人を引っ張り込んで迷惑をかけたり知恵を出させたり力を使わせたりすると、きっと楽しい。そして、店がオープンしてからはその引っ張り込まれた人たちはお店に対して家族のように愛着を持ってくれるんじゃないかな、って考えてました。実際、物事はそう簡単にはいかなかったんだけど、オープンして1年以上経ってその予想はまあまあ当たったと思っています。どうかな?
[PR]
by oswtknr | 2005-01-30 10:28 | 茶飯美劇場

天井解体篇

c0009461_2211924.jpg1階はガス組合の事務所、喫茶店に使う予定の2階はいろんな物がゴチャゴチャと置いました。
2階の床はいい案配に黒いブナ材が敷かれていて、磨いたらイイ感じになりそう。壁と天井は3ミリのベニア板。壁のベニア板をはがしてみると下地は土壁、屋根は豪雪地帯らしく丈夫そうな小屋組がきれいに残っています。
まずは必要ないもの(ほとんど)を外へ運び出し、天井板と壁板をはがしました。

天井は取り払って小屋組を見せる。垂木の間に100ミリの断熱材をつめて垂木を下地にして母屋と母屋のあいだに石膏ボード(9ミリ)をビス留め、パテで平にならしてボードは白ペンキ、母屋、束、桁、梁、小屋すじかいなどの木部はガンブラックのオイルステン仕上げ。

c0009461_20161021.jpgこの天井の作業はけっこう時間かかりました。天井は梁の上に足場板をかけてその上で石膏ボードを張り付ける作業をするわけで、大きさや形があわないとまた切り直したりして、最初はにぎやかに始めてもなかなか終わらないし地味だし筋肉痛になるし、大変だったね。
そして、天井の仕上げや木部の塗装は、新野親方が昼間の仕事が終わった夜に一人コツコツとやってたんだよね、毎晩。今だから言いますがほんとうらやましかったです、はい。

つづく
[PR]
by oswtknr | 2005-01-29 23:17 | 茶飯美劇場

はじまりのはじまり

2003年の初秋、おととし9月の最後の日曜日の夜に、小国町の友人から電話がありました。「喫茶店作ろうと思うんだけどやる?」たしかこんな内容でした。そして僕は二つ返事で「やるやる」。

その頃、「廃材王国」「タンポポハウスのできるまで」という本とテレビの「北の国から2002遺言」と「遠藤ケイさんが新潟の古民家に暮らす話」がとても気になっていました。
2冊の本は建築にたいする既成概念を山の向こうへ蹴飛ばしてカラカラと笑っているような内容で、「えーっ!こんなことしていいのかよー!おれもやりてー!」ってね。
そして「北の国から」では廃材の家を作ってしまうということと、その家を造るときときの「結(ゆい、ゆう)」という風習・習慣が「オッ?!」って心にひっかかっていたのでした。遠藤ケイさんは古民家を改装するのに近所の人や友人知人を巻き込んでとても楽しそうだったのですよ。

c0009461_18295274.jpgだからその晩に誘いの電話をもらってから、実際の現場を見ることになる次の週末までに、僕の中では「廃材王国」と「タンポポハウス」と「北の国から」をやっちゃおう、って心に決めていたのでした。
それでほんとにやっちゃったんだよね。
いま茶飯美を切り盛りしている新野夫妻、週末に参加する僕と違って彼らは毎日改装と開店の準備にとりかかって大変だったんだよなあ、その新野くんたちと友人たちとかつて額装店だった建物を見に行ったわけだ。
そして以降3ヶ月にわたって友人知人近所の人たち遠くの人たち老若男女を巻き込んでの「茶飯美」制作が始まったのであります。

つづく
[PR]
by oswtknr | 2005-01-23 09:30 | 茶飯美劇場